第一次選考通過作品詳細

『鏡寧寺(きょうねいじ)モラトリアム』 家愁 夏

下宿先を探す大学2回生の前田潤一は、古いアパート「鏡寧寺」の住人となる。下宿を営むのは7回生の「師範」こと鏡寧寺常盤。荘の住人たちも留年生ぞろいでそれぞれに個性的な面々たちだった。前田はそこで、彼らとともに、周囲とは少しずれた時間を過ごす。季節が巡り、異常降雪が続いたある日、師範が姿を消す。探しにでかけた前田が体験したできごととは? 師範の秘密とは? 二人の間に生まれた感情の行方は?


選評

性別が明かされず古風な男言葉をしゃべる「師範」の造型や、舞台である古い下宿などに既存の作品の影響が強く感じられるなど、欠点を指摘するとすればけっこうある作品ではある。構成については、とくに後半、「龍守」であった師範の過去と現在が交錯するあたり、若干の混乱が見受けられるように思え、修正の余地はあるのではないだろうか。 しかし、ラブストーリーとして、「愛」や「恋」といった言葉や既存の概念を安易に扱う作品が多い中で、前田と師範の間に流れる「共振」の感情を日常的な描写の中から浮き彫りにさせた点を高く評価したい。20歳という著者の年齢を考えると、この姿勢は、その筆力とならび瞠目すべきだと思う。さらに、「鏡寧寺荘」という空間に流れる「時間」をきちんと感じさせてくれた点においても、著者の潜在力の高さを買う。

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