第二次選考通過作品詳細

『埋もれる』 谷口 みな

『埋もれる』は、幼少期、父親の相次ぐ転勤によってどこの土地にも安住できず、刹那的な生き方しかできない主人公の由希が、留学先の韓国でのさまざまな出会いを通じてさまよう人間ドラマ。経済的にも精神的にも安らぎを与えてくれるサラリーマンのパクさんと、無骨ながらも刺激を与えてくれる作家志願のテソクというふたりの男性の間で揺れ動く心理が色濃く描かれています。

「ここに描かれる由希の恋愛は美しくもなく、むしろみっともない。貧しく、時にずるく、いつも苦しい。にもかかわらず圧倒され、クライマックスからラストにかけては、手放しで由希が羨ましくなった」(下森)、「韓国人と日本人との恋愛ということで、文化摩擦が問題になるかと思いきや、本作で描かれる感情のすれ違いは国籍を超えた普遍的なものを感じさせる。それぞれに生きづらさを抱えた大人同士の、打算も妥協も葛藤ある生々しいドラマが、求心力のある文体でシリアスに描かれていた」(広坂)と、その濃厚な心理描写、文章力は高く評価されました。

その一方、「外国人との恋愛を描くことの難しさを感じた。人のいいパクさんにせよ、無骨なテソクにせよ、『こんなとき、こういう反応をするのだろうか』と疑問に思う箇所がいくつかあったが、外国人だからそういうものかもしれないと、なんとなく納得させられてしまう。しかし、その『納得させられてしまう』箇所があまりに多いと、読者がこの物語を対岸の火事のような出来事に感じてしまうのではないか」(高嶋)という意見や、「全編が詳細濃密で、読み疲れするので、簡潔な文章ですませたり省略したりと、力をぬいた表現技術を手に入れてメリハリつけられるようになれば、もっと読みやすく文学的な余韻が生まれるだろう」(坂梨)という意見もありました。
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『化粧坂』 林 由美子

『化粧坂』は、栄華を誇る平家が衰退し、源氏による武家政治がはじまる時代のキーマンたちの活躍を史実に則って活写するとともに、踊り子の静という女性が天才ヘアメイクの満月の力を借りて、都一のトップダンサーになるまでのサクセスストーリーをからめた歴史エンターテインメント小説です。

「平安時代末期の源平の争いを舞台に、源義経、源頼朝、頼朝の妻・政子、静、弁慶、静の顔師である満月という役者を揃え、これほどの物語に仕立て上げた才能に驚く。時代背景も歴史的な出来事もきっちり押さえて、しかもまったくの自由自在な創作による弁慶(義経)と満月とのラブストーリーは見事」(國岡)と、史実とフィクションとの融合に舌を巻いた選考委員が多かったですが、「史実を描いた部分の文章は堅苦しく、義仲追討や壇ノ浦の船上戦の合戦シーンなど、もっとダイナミックに描けるはずなのに地味でおもしろみに欠ける。また、静と満月らヒロインを描いたフィクション部分も、結末に向かうにつれ印象が薄くなり、結末の感動を薄めてしまっている」(内藤)という両極端な意見もありました。

またラスト、義経と弁慶が途中で人格を入れ替えていたというどんでん返しについても「奇を衒いすぎ」との意見が多数ありました。
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『時間管理人』 森 しずく

『時間管理人』は、田舎の実家で引きこもり生活を送るヒロインの倫子が、ある日突然現れた「時間管理人」と名乗る男とともに、異世界との時間調整のために東京へと旅立つというユニークな作品。

「タイトルがいい。どんな小説だろう、読みたいという気にさせられた。読んでいくうちに不思議な味わいの物語に引き込まれた。時間管理人に案内されて、過去の記憶や生活に向き合わされ、女をだます結婚詐欺のような男にメタメタにおぼれた倫子の姿が痛ましく浮かび上がる」(國岡)、「本作の主題は時間管理人の正体にあるわけではなく、むしろ、失われた記憶の全体像は何か、それにヒロインはどう向き合うのか、というところにあり、本作はその方向に読者を引っ張っていくことに成功している」(広坂)と、その着想の妙に高い評価が集まりました。

その一方で、「時間管理人と名乗る人物から倫子が真実を聞くあたりから、伏線を回収することのみに終わって、書き急ぎの感があるのが惜しまれる」(梅村)と、結末での辻褄合わせに強引さを感じた選考委員も多くいました。
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『parachute(パラシュート)』 中居 真麻

『parachute(パラシュート)』は、オーストラリアのキャンベルに語学留学した大学生の絢子と3歳年上のオーストラリア人、Jとの恋愛を描いたラブストーリー。

「『恋におちる』過程を描いた作品は数多いが、この作品は『恋が去っていく』過程を丁寧に描いており、その点で、実はかなり野心的な作品だと感じた。日常の暮らしの中での小さな食い違いが恋を色褪せたものにしていくという流れは、きわめてリアル」(梅村)という指摘の通り、絢子に愛想をつかされながらも帰国した彼女を追いかけてくるJの無様さなどが底意地悪く描かれている部分にすべての選考委員の注目が集まりました。
が、恋が去っていく後半に比べて、恋が始まるまでの前半は「不要な登場人物や余計な描写が多く、冗長で退屈」(高嶋)、「絢子とJが最初の日にセックスを試みて失敗する(絢子が拒む)場面、その3日後に成功する場面、Jが絢子の影響を受けてベジタリアンであることをやめる場面など、重要にもかかわらず、それを真正面から描かず、ことを終えたあとの後日談(セリフや簡単な回想など)としてサラリとしか描かないのは、意図的だったとしても成功していない」(内藤)という意見も多くありました。
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『私の結婚に関する予言「38」』 吉川 英梨

『私の結婚に関する予言「38」』は、ヒロインの平沢里香が占い師に「29歳で結婚する」と預言され、「38」という謎めいたキーワードを与えられたことをきっかけに起こる、めまぐるしい恋のドタバタを描いたラブストーリー。

「ハラハラドキドキ、大笑い小笑い、大泣き小泣き、冒険、恋愛、ミステリー。本作には、これらエンターテイメントに必要な要素がすべて盛り込まれている」(下森)、「これだけ長い文章を飽きさせず、次から次へと展開していくストーリー作りはすばらしい」(國岡)と、面白いエピソードを積み重ねるサービス精神は、大いに評価されました。
恋多き主人公のキャラクターについては、「仕事に情熱をもち、自分が犠牲になっても他人をかばう優しさと正義感があり、行動力抜群。それだけだと優等生で白けるが、イケメンにほれやすくベッドインが早い。それが災いのもととなる点には、圧倒的な共感を呼ぶだろう」(下森)という意見と、「単に『モテル女』という記号に過ぎない感がある。あえて、メタファーとして、デフォルメされたヒロインを創造したのであれば天晴れですが、そこまでのトンガリ感がないのが残念」(梅村)と賛否の意見、両方がありました。

また、「介護ビジネスと福祉政策の矛盾、企業買収に翻弄される従業員、生命倫理、国際摩擦など、コメディに添える香辛料としては重いトピックスがヒロインの行動に深く関与するものとして描かれているが、掘り下げが不十分で、一編の小説というよりはバラエティ番組のような読後感が残る」(広坂)との指摘もありました。
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