第二次選考通過作品詳細

『雨の日の、夕飯前』 中居 真麻

主人公・春子は29歳。夫から与えられたマンションで1人暮らし。バレエ教室で教えている。身の回りで起こることはすべて幸福でも不幸でもなく静かで孤独で気ままな生活である。夫は詩人で春子のことだけを愛してくれているが、春子は夫を全く愛していない。夫のことは「先生」と呼ぶ。春子には恋人・直彦がいて、夫はそのことを知っているが、直彦は春子が結婚していることを知らない。直彦は真面目な男で春子の部屋を訪れるたびセックスするが、妻と息子がいる。春子は弟・朝夫を溺愛しており、また、母とはもう6年間口をきいていない。ところが、直彦の妻の浮気がきっかけで直彦は去っていき、夫からも離婚を言い出され、弟にも恋人(男)ができて、春子は一気にすべてを失ってしまう。


──これは○の多い人気作品ですね。三村さんは○ですね。
三村
どっちつかずな感じが好きだったんですよね。設定の浮わついた感じ──詩人に囲われているところとか、本人がバレエを教えているところも、弟が好きという話も面白いし。けれど、弟が●●の恋人と……というところまで行っちゃうと、正直行き過ぎの気がして。そこで醒めちゃって、この○は少しマイナス付きなんですよ。むしろ小説で読むより映像で見るといいんじゃないのかなという気持ちがあります。割と可愛らしい清楚な女の子を配役していけば面白いんじゃないか、と。
彌永
私も、今おっしゃったように、○は○なんですが、そんなに自分の中で上位に来るものではなかったかな、と。ヒロインの社会とのつながり方のいびつさに何となく作為的なものを感じてしまって。何となくしっくり来ない部分はあるんですけど、10本を選ぶとしたら中には入るかな、と。今回二次に上がってきた作品で、同じく若い女性が主人公の「スイッチ」があるんですが、このヒロイン・苫子さんは社会とのつながりが歪んでいる部分に魅力を感じました。この「雨の日の、夕飯前」のヒロインにはちょっと騙されたくないな、という想いがあったのは否めないです。
三村
私も同じように「スイッチ」と「雨の日の、夕飯前」を対に考えて、逆の結論になったんですよ。むしろ「スイッチ」のヒロインに騙されたくなかった(笑)。
久次
「雨の日の、夕飯前」は母親と娘の関係とか、弟との関係がちょっと歪んだ部分があって、主人公のつき合いとか結婚の設定とか歪んだ部分がひとつになっていて、それが後半になってバラバラバラって崩れていく感じが読んでいて面白かったです。あと、この人の文章にはとてもオリジナリティを感じて、擬音が心に残ったんですね。文章のムードみたいなのがすごくあるなという印象がありました。最後に先生が死んで、やはり死ぬんだという、そこで少し醒めてしまったかも。
神田
登場人物を死なせないで、いかに終わらせるか、というのは投稿原稿の課題ですよね。みんな死んじゃうので。しかも、えっここで死ぬの? ってところで。
三村
それもびっくりするほどあっさり死ぬんですよね。
神田
死なせ方も考えてほしいけれど、本当だったら死なないで終わらせて欲しい。終わりってすごく大事だから、終わり方の研究をもう少ししたら、選考上の突破口になるのかもしれないってよく思いますよ。
久次
私は「スイッチ」とは比較しては考えていなかったんですけど、この作品はあまり他では感じない文章のオリジナリティを感じさせてくれるという意味で推したいと思う部分がありました。むしろ、「雨の日の、夕飯前」と「カフーを待ちわびて」を比較して対照的に見ていました。終わり方が崩壊で終わるか、まとまってハッピーエンドで終わるかですごく対照的で、だけど両方良いなと心に残りました。
諏訪
僕は今回読んで一番心に残ったのがこの作品です。ところどころダメな部分はあるんですよ──本当に都合のいいような話だし、「へあぴん」というのは掴みとして失敗してるし、詩人で食える人は日本で一人とか二人しかいないだろうし、とか──いろいろあるんですが、とはいうものの文章で読ませる力はこの人が一番ある。僕はそこを評価しちゃいますね。それとこの小説については面白いなと思う点がふたつあって、まず、これはディテールはしっかり書き込んであるけれど、実は倉橋由美子などの観念小説の系譜に連なる作品だということ。これはいまどき珍しい試みだと思います。もうひとつ、みなさんの話を聞きながら思っていたんですが、ハッピーな感じの小説ばかりが多い中で、主人公が捨てられて終わる小説ってこれだけじゃないですか。そういう痛みを感じさせる小説が、今貴重な気がするんですよ。
神田
私は×なんですけど、限りなく△に近い×で、この小説にはみなさんとちょっと違う点で面白さを感じているんです。このヒロインって男に囲まれて、ちょっぴり退廃的で自堕落な生活を送っている割には、自分がモテないってことを強烈に自覚しているんですよね。そこが他にあまりない新しさであり、面白さだと思ったんですが。ただ、若い女性の書く小説で、こういう思わせぶりで気だるげな、バックにジャズとか流れてる暮らし……って感じのもの、私はこれまでいろいろな応募原稿で読んでいるんですね。この話ってどんどん破綻していくんですけど、それが緻密な計算に基づいたものではなく、感覚的なところでのみ自分を気持ちよくするために書いている気がして、そこを甘やかしてはいかんだろう、と思ってぎりぎりのところで×にしたんですが。でも岡部さんが一次の講評で書いていらっしゃった「雰囲気のあるディテール」というのには賛成できますし、全体にセンスは感じます。

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