第二次選考通過作品詳細
『スイッチ』 佐藤 さくら
主人公苫子はフリーターで、処女。他人と上手くコミュニケーションをとることができず、簡単なバイトさえもクビになる始末。嫌なことがあるたびに、自分の首の後ろを押す。彼女のイメージの中では、そこに人間を消すことができるスイッチがあって、そこを押せば自分は消えていなくなることができるのだ。
そんな彼女がバイトを変えたことで、いろいろな人に出会う。みなどこかズレていて、アンバランスな人ばかり。最初は何となく距離を置いていた苫子と彼らだが、徐々に近づき、お互いに影響しあう。といっても、劇的な何かが起こるわけではなく、あくまでも消極的に、静かに、ジンワリと変化はやってくる。物語の最後、苫子は処女ではなくなり、サル男という好きな男もできた。周りの人とも自分から連絡を取り、すべてが上手くいかなくても、繋がりを自分から保とうとする。
変化はそれだけ。だが、苫子にとっての世界は大きく変わりはじめていた。
──この作品は△が多いんですね。×はないんですが。
横須賀
スイッチは笑えましたよ。主人公に魅力がなくて○にはできなかったけど、脇キャラの情けない男ども、特にサル男が妙に面白くって×にもできなかった。男どもに降りかかる災難の、リアルさ加減が絶妙。テンポもよかったですし。
神田
「セックスしませんか、記念に」なんて名ゼリフだと思うんですけど。
三村
笑って許すか、いけすかないと思うか(笑)。「雨の日の、夕飯前」は男に囲まれて気持ちよく暮らしてる話で、「スイッチ」は女たちに囲まれて、私はあの女たちとは違うのよ、と言っている小説なので、主張している「違う部分」の浅さが気になったんですよね。それでも△なんですけどね。全然ダメってわけじゃないです。
町口
僕は△にしたんですが、さっきもいったけど、キャラ読みをした場合、キャラクターは屈託のある感じで、好きなんです。でもこれも終わり方が問題で、納得いかない安易なエンディングですよね。途中までは○にしようかなと思ってたんですけど。また読んでいて何となく角田光代さんっぽいなと。角田さんがすでにやられていることを不必要に縮小再生産している部分があるな、というのが印象で。でも半ばまでは面白く読み、ラストでまたちょっとひっかかって、やっぱダメだなと。悩みつつ、それで△。
神田
角田作品がかつてそう評されていたように、典型的なフリーター小説だというのは私も思いました。ただ角田さんの小説とちょっと違うのは、この主人公は「私は四大には行けなかったが短大で首席だった」とか「出版社志望だったが全部落ちて小説でも書こうと思ってる」とか、コンプレックスまがいのルサンチマンをぐだぐだ言い過ぎ! それがちょっと嫌で、それさえなかったら○にしたかもしれない。そういう経緯があって今の生活に至った、という説明にしては変にこだわってて、しかも見ていて愉快なものじゃないし。
三村
そうそう。所詮落ちたんでしょう、とか思いながら読んじゃって。
彌永
でもトイレを一生懸命磨くシーンでは、自分にはそこまでできないわって思わせてくれて。それはこの人の力だと思いました。
暁
舞台をトイレにしているところがすごいですよね。
町口
角田さんの「対岸の彼女」に掃除のシーンが出てきて、もろにかぶっているんですよね、それもちょっと問題だと思ったんですが。
彌永
それは確かにそうかもしれません。が、ヒロインの魅力ということでいえば、私は、苫子さんの中途半端にヒネた感じが、決して嫌じゃなかったんですよね。優越感と劣等感のごちゃまぜ加減というか、半端な毒っぽさが逆にリアルかな、と。小説としてはそこがバツなのかもしれませんけど。頭の中はぐだぐだしていながらも、だんだんスイッチに頼らずに生きていけるようになって、サル男への気持ちに気づくあたりなんか、よく書けていると思いました。サル男に恋することができて、よかったじゃない!って、応援する気持ちすらわいてきた。
久次
私は先ほど出たコンプレックス云々の面で、主人公のキャラがイラっときてしまうことがありました。文章が上手いのでするすると読んで、上手いな、と思う部分はあるんですが、ラブストーリーというよりは、主人公の成長物語という気がして。ラブストーリーを読んだな、という読後感があまりなかったんですね。ただ文章がとても上手いので将来性があるなと思って△にしたんですが。
諏訪
僕も、悪くないな、とは思ったんですけど、ちょっといろいろ詰め込みすぎで、この長さにしてはパラパラしてるかな。ただし通過作品として残すのには問題ないと思います。
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