第一次選考通過作品詳細
『アストラルの鳩』 丹色 ポン太
新進画家・和真は突然発症した原因不明の病気によって幼時レベルの知能へと退行してしまった。婚約者・真弓は絵画療法を研究する大学院生であったが、休学し自ら和真に絵画療法を試みることにする。病院の投与する新薬の効果もあって和真は日ごとに知力と描写力を取り戻していく。
そんなおりのある日、隣室の患者・庄司が突然亡くなってしまう。庄司は植物人間状態であったが、二人の間に友情を育んでいた和真はパニックに陥り、病院を飛び出して、大阪ナンバーのトラックに便乗し、画家であったという庄司のアトリエをめざす。途中立ち寄った深夜営業の食堂では婚礼の宴が開かれていた。訳あって陰鬱な宴に割り込むと、和真は本来の描写力を発揮して人々を驚かせた。
翌日トラックを降りた和真は、大阪市内駅付近のベンチで亡くなったはずの庄司と再会し一緒に新宮にある庄司のアトリエへと向かう。そのまま庄司のアトリエに住みついた和真は、結婚し、やがて子供も生まれ、庄司はいつのまにかいなくなっていた。倒錯する時間の中でふと誰かが自分を待っている気がした和真は、何もわからないまま瞼に滲み出る風景をスケッチし、アトリエを出る。スケッチをたよりにたどり着いた京都市内の駅のホームには真弓が待っていた。真弓は、4年前にこの場所でふたりが出会いつき合いはじめたころの思い出を語り出し、やがて和真も記憶をとりもどし、ついにプロポーズの言葉を思い出す。
真弓は復学し、健康を取り戻した和真も作品制作に全力をそそぐ。ふたりの交際も結婚へ向けて再開しはじめたある日のこと、真弓が衝撃的な告白をする。これは真弓がみている夢であり、目の前にいる和真はその夢の登場人物にすぎず、現実の和真は脳死状態で今まさに人工呼吸器がはずされようとしている、と……。
選評:林 巻子
私が読ませていただいた応募作品の中で一番映画化して欲しいと思った作品です。古くは「去年マリエンバートで」、比較的新しいところで「マルホランド・ドライブ」のような、一度観ただけではわかりにくい複雑な構造の、奇妙で、スタイリッシュな映像作品に仕上がりそう。主人公・和真の隣の病室にいる寝たきりの初老の男、たびたび消灯時間後に病室をおとずれ言葉を残して行く掃除のおじさん、深夜営業の食堂で行われていた陰鬱な婚礼の宴、ローカル線のホームの描写などオリジナリティがあり、それでいて誰の夢の中にも登場しそうな既知感のある描写で、読みながらそれらの情景が瞬時にそして鮮明に浮かんできました。どこまでが現実でどこからが幻想(?)なのか変わり目がわからないように連なって行く構成がとても見事で、あげく終盤に差し掛かっていままで和真の視点で進んで来た物語が恋人・真弓の夢の中での出来事だとも語られ……。あまりにスタイルの方が突出していて、一読してこれがいわゆる恋愛小説といえるかどうか困惑しましたが、それでも読後には「恋愛は脳の中で起こっている」という静かな感動がありました。
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