第一次選考通過作品詳細
『声〜阿波の夢におちる〜』 水城 一花
たまきは同居していた男・神山のストーカー的な愛に疲れて、彼を殺し自らも命を絶った。残された家族は知人の配慮で徳島に居を移す。妹の蓮実は「たまきの妹か」と声をかけてきた地元の青年・巧栄と親しくなる。たまきは死ぬ前、阿波踊りを見たいとこの地を訪れ、そこで知り合った巧栄に悩みをうち明けていたというのだ。次々と明らかになっていくたまきの足跡、そして蓮実たちがこの地に導かれた理由……。そんななか蓮実は巧栄に好意を抱くようになる。巧栄は美しいたまきに惹かれていたことを認めつつ、蓮実のことを好きだと告げてくれた。そして今年もまた阿波踊りの日が近づいて……。
選評:神田 法子
書くことへの愛情がひしひしと感じられる、丁寧な言葉選びでストーリーを創りあげているのが印象に残った作品。方言のセリフも素朴な温かみがあり、飾りのない気持ちを引き立てている。設定もよく考えられており、主人公とそれをとりまく人々の心理や、美しい阿波の風景がきめ細かく描写され、物語の世界に引き込ませてくれる。作中、衝撃的な死を遂げた主人公の姉をめぐるいくつかの謎が仕掛けられているが、この小説の要は謎解きにあるのではなく、事実が明らかになるごとに、残された者たちに突きつけられる強い愛にあるといってもいいだろう。蓮実と巧栄がつかんだ幸せが、亡くなったたまきの贈り物なのだ。人と人とのつながりをとてもあたたかな視点で描いているのに、好感が持てた。阿波踊りの描写もリアリティがあり、独特のリズムや踊る人々の息づかいまで浮かんでくるようだ。
ただ、この阿波踊りのシーンは、もっと長く、もっとダイナミックに描かれるべきであろう。全体的におとなしく進んできたストーリーにメリハリを付ける意味で効果的だし、このくだりは映像にすると必然的にある程度の長さをとってしまうので、そこに小説ならではのアプローチで臨んで欲しいという気持ちもある。そして、作者にこの小説を書かしめたもう一つの愛——素晴らしい自然と伝統をもつ郷土への想い──を昇華させる意味でも。
→ 一覧に戻る