第一次選考通過作品詳細

『スイッチ』 佐藤 さくら

主人公苫子はフリーターで、処女。他人と上手くコミュニケーションをとることができず、簡単なバイトさえもクビになる始末。嫌なことがあるたびに、自分の首の後ろを押す。彼女のイメージの中では、そこに人間を消すことができるスイッチがあって、そこを押せば自分は消えていなくなることができるのだ。
そんな彼女がバイトを変えたことで、いろいろな人に出会う。みなどこかズレていて、アンバランスな人ばかり。最初は何となく距離を置いていた苫子と彼らだが、徐々に近づき、お互いに影響しあう。といっても、劇的な何かが起こるわけではなく、あくまでも消極的に、静かに、ジンワリと変化はやってくる。物語の最後、苫子は処女ではなくなり、サル男という好きな男もできた。周りの人とも自分から連絡を取り、すべてが上手くいかなくても、繋がりを自分から保とうとする。
変化はそれだけ。だが、苫子にとっての世界は大きく変わりはじめていた。


選評:ボブ内藤

若い女の子に入れ込む夫を持つオバチャン、家具マニアが高じて結婚生活がままならなかった男、彼女がいるのに女遊びがやめられない男、内面はそうでもないのに表面的には誰にでもいい顔をする女、ついついオジサンとやっちゃうギャルなどなど、どこにでもいそうで、でもどこかアンバランスなキャラたちになぜか愛着がわく。そして、彼らに対して、ちょっと引きながら冷めた視線を向ける主人公の苫子。彼女自身、一般人とは感覚のズレを感じていて、だからこそ上手くコミュニケーションができずにいる。
何か事件が起こるわけでもなく、淡々と繰り広げられる彼らのチグハグなやり取りは、微笑ましくて、愛らしくて、笑える。
そんな消極的で脱力した中から湧き出てくる「満たされないからこそ生きる意味がある」とか、「生きていく強さ」とかのセリフは、押し付けがましくなく、意外な真実味を持って迫ってくるから不思議。
劇的に何かが変わることはないが、苫子がスイッチを探すのはやめて、いろんな人とコミュニケーションをとり始めたラスト(すべてが上手くいくわけではない)は、やはり微笑ましい。ちょっとした元気がもらえる感じ。

一覧に戻る