第一次選考あと一歩作品詳細
選考委員:町口 哲生
今回、落選作品といえども、設定、会話、描写力、文章力などにおいて、通過作品と比較して遜色がないものがあった。以下、その講評を記します。
『涙がこぼれたら』 日下悠
バス転倒事故に巻き込まれ恋人を失い、その際、同姓同名の女性と出会ったという設定。キャラクターの魅力や台詞回しの巧みさ、描写や文章の力量、伏線からオチに至る構成力などにおいて充分合格点を与えられる。とはいえ、同姓同名にしたために話がややこしくなりスムーズに文章を読めないという難点から落選となった。
『今も聞こえる恋の歌』 富岡愛咲美
作者は中学2年生。巧みな描写力と、文章を読ませる力において、応募作品の中で屈指のもの。ディテールも細心の配慮を行なっているし、盲目の声楽家・碧依と、難聴のピアニスト・馳史との出会いを、パラレルに語り、結果として、ポリフォニック(多声的)な作品となった。ただし、伏線、オチ、クライマックスへ至るプロセスがちょっと雑だ。もっと構成に気をつけ、読者に対して伝えたいテーマを浮き彫りにする必要性がある。
『淡い想い、切ない距離』 水樹月
作者は大学1年生。自傷行為を繰り返す高校3年生の少女を主人公にしたラブストーリー。家庭では父親と深い因縁があり、自傷行為は酷くなる一方だが、少年2人と仲良くなり、自傷行為を克服していく。自傷行為という今日的な問題をテーマとし、父親との葛藤をきちんと描いた点がとても素晴らしく、インパクトと新しさにおいて評価すべき力作。文章力や構成力も合格点を与えてよい。ただし、作品のディテール、キャラクターの造形、スムーズな会話、細かい描写などプロの作家が具えるべき才能を今後磨く必要性があると判断し、今回は落選とした。
『てとせ』 都築数明
作者は仏壇デザイナー。仏教の知識という文化資本をいかんなく発揮し作品に彩りを添え、最後まで楽しみながら読むことができた。ストーリーテリングの才能が半端ではない。今回の応募作の中で、ストーリー、会話、作品の新しさという点で満点を与えた作品の1つ。しかし日本ラブストーリー大賞の趣旨から通過作品としては「どうかな?」と思い、泣く泣く落選とした。
以上。皆さまの今後のご活躍を心からお祈りしています。
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