第一次選考通過作品詳細

『恋をしないセミ、眠らないイルカ』 サトウ サナ

主人公のマザ(=イルカ)は、じいちゃんの死を見届けたあと、遺言で頼まれたエロ本を捨てに裏山にやって来て、自殺しようとしている美少女みらい(=セミ)に会う。思いとどまってくれるよう説得しているうちに、彼と彼女はお互い分かり合える存在だと気づく。命を救ったお礼として彼女の家に遊びに行くことになり、美人ママに気に入られる。セミの家は大地主の資産家なのだが、慎ましやかなマンション暮らしをしており、謎に満ちている(何度か家を訪ねるうちにいくつかの謎のヒントに気づく、セミが不登校児であることもわかる)。マザにはもう一人、真樹という幼馴染みのガールフレンドがいた。さばけた性格の真樹は男関係のトラブルが絶えず、マザも巻き込んだ”勝負”が行われる。たくさんのことが起こった十七歳の夏……。10年後、マザは殺人未遂容疑で警察にいる。彼は動機を語り始める。そこには深いセミへの想いが……。


選評:神田 法子

“死や絶望とゆるやかに手をつないで生きなくてはならない現在、僕たちはどうやって人を愛してゆくのだろう”……そんなことをしみじみと考えさせてくれる、不思議感覚のラブストーリー。岡崎京子が『ジオラマボーイ・パノラマガール』で80年代終盤の集合住宅でのBoy meetsgirlを描いたとすれば、この小説はさしずめ世紀末〜21世紀版・郊外型Boy meetsgirlといったところか。ささやかな日常の中で、ごく平凡で、どこか歪んだひとつの恋を描いている。今のこの社会では、その平凡ささえ愛おしい。
ひとつひとつのエピソードが、次々とリンクしていき、でも何かひとつに収束することなく浮遊している感が心地よい。複雑な家庭環境や、いじめ、そしてたくさんの死を描きながらも、ネガティブな面に拘泥することなく、肩の力を抜いて時々ふっと笑わせてくれるようなユーモアが顔をのぞかせるのがこの小説の魅力だ。
ラストシーンで、主人公は脱力した声で笑う。その裏から、ストイックなまでの切ない想いが浮かび上がってくる。”彼女は、生きて、そこにいてくれるだけでいい”。一緒にいることだけが幸せじゃない、離れていてもどこかで愛する人の気配を感じ、胸の中に大事にしまっておきたい……そんな恋の形があってもいいと思う。

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