第一次選考通過作品詳細

『約束』 角皆 優人

フリースタイルスキーの草創期、1980年代のカナダ・ウィッスラーが主な舞台。モーグル選手トオルは、カナダの女性選手デイヴィと恋に落ち、それぞれの競技人生においても二人揃って頂点を極めようとしていた。ところが世界選手権の前夜、突然デイヴィは競技の棄権をトオルに告げて遠征先から姿を消す。優勝候補と目されていたトオルだが動揺のため大失敗を喫し、またデイヴィへは一向に連絡が取れなくなってしまった。さらには競技中の大怪我で選手引退を余儀なくされたトオルは、日本へ帰国し結婚するが離婚。スキー雑誌の編集者として再び訪れたウィッスラーで、偶然デイヴィの失踪理由を知ったトオルの前に現れたのは……。


選評:暁 みちる

ウィンタースポーツの聖地ウィッスラーと言えば、スポーツに詳しくない人でも一度は耳にしたことがあるはず。その地で芽生え、後年穏やかに幕を閉じる恋は、甘くかつ予想以上にドラマティックな展開で、どんどん先を知りたくなり急かされるようにページをめくった。モーグル競技に打ち込む主人公トオルの視点による、滑走・演技中の描写はダイナミックな疾走感と臨場感に満ち、カナダの雄大な山々と青空をバックに、音を立てて飛び散る雪しぶきが目に見えるよう。読む者をスキーヤーの気分にさせてしまうほどのパワーに満ちている。一流スポーツ選手ならではの華やかさと周囲との確執、絶好調から一転しての挫折や引退後の空虚感など、筆者のプロフィールと重なりやすい部分も多いが、だからこそリアリティがありすべての登場人物に共感を覚えるのだろう。冒頭(現在)、物語のメインとなる回想部分(20年前〜12年前)、結び(再び現在)という構成の中で、タイトルでもある大切な「約束」を自然に果たしているのが秀逸。ノンフィクションで潮賞受賞(98年)という実力派が、ラブ・ストーリーにも存分に手腕を発揮した。

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