第一次選考あと一歩作品詳細

選考委員:三村 美衣


文章の上手さが特に印象に残ったのが、宮本裕司 『君もよく知っていると思うけど、』/『君を今でも愛しているよ』。恋人の突然の死、それも自殺という噂を聞き、臆病になっていた少年が、彼女の死を本当の意味で乗り越え、新しい恋人と正面から向き合えるようになるまでを描いた青春もの。筋立てにオリジナリティはないが、小道具の面白さと、語り口の上手さで読者を引きこむ。特にビートルズの「アンド・ユア・バード・キャン・シング」を使った導入から、恋人の死、幼馴染みの少女との再会、別離をつづった前半は見事だ。しかし後半部、第三者の説明に頼りすぎていて、あまりにあっけなく物語が終わってしまう。主人公の立ち直りのきっかけなど、もう少し動きのあるドラマが持ち込めれば良かったのだが。


安部井弘 『ラベンダー』は、認知症の母親を抱えた三十代の男性と、通勤電車で偶然知り合った女性のラブストーリー。筆は達者で認知症の母親の描写なども巧みだが、ヒロインはともかく、ステュワーデスの元カノも「いいひと」すぎ。男性の側の躊躇いはよく描けているが、認知症の母を含めて家族になろうとする女性の側の心情にもう少し踏み込んで欲しかった。


今回、バンドのボーカルとの恋を描いた応募作が多かった。それも大半がファンの女の子や、バンド仲間に邪魔され、プロか彼女かの二者択一で悩むといった展開。月海るおん 『魔女の掌』も、物語は定型の域を出ていないが、触れた人間に拒絶される氷のように冷たい掌を持つ女性と、人の心を虜にする炎の掌を持つ男という工夫が面白い。ただ、このせっかくの設定が、後半で上手に生かし切れていない。


筆力も構成も粗く完成度は低いが、唯散桜 『白の娘』と、keiyu toyoda 『ゴッホの黄色に、ロマンチックを添えて』の二作は、書き手の個性に魅力を感じた。『白の娘』は、走り屋が道で瀕死の仔猫を拾ったことからはじまる、ポップなゴーストストーリー。『ゴッホの黄色に、ロマンチックを添えて』は銀座のホステスが幼馴染みの男性と再会するかわいくてロマンチックな大人のためのおとぎ話。二作品共に、登場人物のキャラクターも愛らしく、好感が持てたのだが、冗長な部分も散見される。持ち味である明るさや個性を殺さず、文章をブラッシュアップできれば、きっと魅力的な作品が書けると思う。再度挑戦して欲しい。

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