第二次選考通過作品詳細

『ヤー リュブ リューティ ビャー』 大倉 直

ロシア人の少女ターニャは、両親が政治的な事件に巻き込まれ、単身アメリカに渡ってきた。日本人の少年誠也は、離婚した父親を探しにアメリカへひとり旅立つ。街で出会ったふたりは、言葉が通じないながらも、行動を共にしはじめる。父がなかなか見つからず焦る誠也は、あるときターニャが街の男たちの相手をすることで金を稼いでいるところを目撃し、ショックを受ける。誠也の父親はアイルランドの大学で働いていることがわかり、ターニャはどこからか大金を調達してくる。誠也は自分がその金の秘密を知っていることを胸の中に封じ込め、ふたりはアイルランドへ向かい、誠也の父親と再会する。ふたりは将来を誓い、誠也は日本に戻り、ターニャは父親のもとで暮らすことになった。


諏訪
これはさっきの「真夏の雪」とはまったく逆にシリアスな作風で、ところどころホントかよってところもあるんですけど、全体としてはすごく詰めて書けているんじゃないかと思いました。ただ、これもラブストーリーとして、推すのは難しいかもしれませんが。
神田
初恋がらみの少年ものってわりと多いんですが、この作品はいきなりアメリカに飛んじゃうところがありきたりじゃないといえば、そうですね。気になったのは、時系列の必然性がどこまであるんだろう、ということ。毎日毎日大学に行って父を知っている人に会うまでの長い時間と、ダブリンまで行ってしまう時間と、その配分がすごく奇妙な感じ。
諏訪
そこが長いのは、設定にリアリティを持たせるためでしょうね。
神田
もちろん、お金がなくなっていく過程も描かなくてはならないし、言葉の通じない少年少女が一緒にいて、日本語で話しかけても何となく向こうもわかっていると確信できるまでの時間も物語の上で必要なんでしょうけど。でもフィクションなんだから、もう少し、その時間が物語に作用して展開していくようにしないと、何か無駄に長い気がして。しかも日記形式みたいになっているから、逆にその長さが退屈に感じてしまいました。
岡部
私もちょっとこれは×だったんですけど、まず作者も書いていますけど、どうして主人公はこんな生活をしてまで父親に会いに行こうとしたのかという気持ちがまずわからなかったのと、あとお母さんに電話すればいいとか、お母さんの会社の支局に電話すればお金は何とかなるとか、逃げ道を主人公がちゃんと知っているところが物語の感動をしらけさせていて。それだったらどうしてもこういう状況にせざるを得ない設定を作者が作って主人公を追い込まないといけなかったんじゃないかと思います。
三村
私はメモに「嫌なガキの話」って書いてますね(笑)。これはもし成立するとすれば、ファンタジーだと思うんですよ。子供が家出していって野宿しながら助けてもらいながら上手く立ち回っていって、いろんな嫌な目にあってきた女の子に会って……という。でもファンタジーが成立するだけの器が世界にないって感じがして。それとラブストーリーの部分が、あまりにも説得力がない。ただラブストーリーのところですごく打算的だし、打算的な自分に気づいて後悔するところまで含めて子供として嫌という。
神田
男性の委員さんでこの作品に○をしている人が多いのは、これが冒険譚として男の子心に訴えたのかな、と思ったんですけど。
三村
(笑)。それは面白い分析ですね。
横須賀
僕は×をつけたんですが、まずリアリティが全然伝わってこなかった。舞台がアメリカだった理由って、言語が英語だったというだけなんですよね。ベルギーやオランダだったらもっと違っただろう、ということです。
町口
横須賀さんの説、説得力ありますね。ヒロインの両親がロシア人なら亡命するのはオランダ、ベルギーでしょう。
三村
アムステルダムだったらいいですよね、街でサバイバルするのも面白そうだし。冬は凍死するかもしれないけど。
──久次さんも○ですね。
久次
これは難しかったんですけどね。映画化も難しいしラブストーリーとしても難しいんですけど、作品としての強さみたいなのがあるっていう、そこで思わず○をしてしまったんです。ディテールを見ていくと、日記形式のところは私も抵抗ありましたし、最初にお父さんを捜す大学のところとかが長すぎるんじゃないかとも思ったんですけど、強さとポテンシャルで○してしまいました。印象に残った作品でした。

私はラブストーリー性というのがあまり伝わってこなくて、少年少女だからこそ、この時好きになっちゃったのかな、という共感がどこかにあればいいんですけど、惰性で一緒にいて、お金になるから稼がせて、でもやっぱり好きというのが全然ぴんと来ない。あと冒頭でロシアが登場しているのに、その先に広がっていかないのが残念。両親が殺されちゃったというのだから、もっとふくらんでいくのかと期待していた割には、その後だらだらと長いだけだったかな、と。

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