第二次選考通過作品詳細

『SONOKO』 片栗子

舞台は第二次世界大戦前後の日本。祝言の初夜で男尊女卑の屈辱的な扱いを受けたためその足で実家に戻った園子は、外交官の父について渡米する。日本文化を学ぶメアリーと仲良くなり、彼女の弟で、軍隊を退き飛行機スクールを経営するマークと出会う。一瞬の反発の後、自分の意思表示をはっきりする園子にマークは惹かれ始める。初めてのフライト体験で飛行機に興味を示した園子に、マークはパイロットになるための手ほどきをし、彼女はめきめきと才能を発揮していく。太平洋戦争が始まり、園子は帰国するが、マークの子どもを宿しており、産む決意をする。出産後、園子は空軍のテストパイロットの仕事を引き受ける。機体を操縦して、山本五十六率いる軍に追いつく途中、アメリカの航空部隊に遭遇。その飛行機にはマークが乗っていた……。



これは神田さんが一次の講評に書いていらっしゃったように、お正月のスペシャルドラマ風だな、と。何かその比喩はぴったりだと思ったんですね。
自分自身がパイロットの経験がある人じゃないと書けない面白さがあったし、それが女性で、ちょっとノンフィクションっぽいのがかえって夢があって面白いと思いました。実際、飛行機に乗っている時相手の顔まで見えるのかとか、山本五十六さんをうまく絡ませてはいるんだけれど、事実関係は不自然じゃないのかまでは、わからないんですけど。ただ映像としてしっかり見えてきた面白さというのがあったので、○にしました。
──軍事関係に詳しい横須賀さんが○をつけていらっしゃるのも興味深いですが。
横須賀
まあ細かい点に関しては校閲が必要ですけど、物語としては見事ですね。確かにNHKのスペシャルドラマみたいな感じはありますけど。でもよく調べてありますし、設定もかなりレベルが高い。僕、個人的には強い女性というキャラクターを期待していたので、こういう主人公はいいと思いました。
──町口さんはちょっと納得できないようですが。
町口
いや、まったく軍事関係はわからないから。僕が今まであっちこっちで論じてきた純文学とかアニメとかで、こういうタイプのものって論じてこなかった。「戦闘妖精雪風」なんかも何が面白いのっていう。
神田
だから私は、エンタテインメントと書いたんですけど。お正月に家族みんなで感動できる、みたいな感じ。ただ町口さんの琴線に触れるものはなかったんでしょうね。
──シナリオ作りの現場にいらっしゃる岡部さんも×、と。
岡部
私ももちろん飛行機に関するところとかは、すごく生き生きしていていいなと思ったんですけど、マークと別れて日本に帰ってきてからの彼女の行動とか気持ちをもっと詳しく書いた方がよかったんじゃないかと。あとひとつひっかかったのは、テストパイロットとして飛行機の制作に関わる場面で、戦闘機が美化されそうな記述があって、もちろん作者はそんな意図はないんでしょうけれど、マークと戦う飛行機なのに、そういうふうに彼女が思っちゃうのがいいのかと思ったんですね。また特攻隊が余計に戦争を悲惨にしたという記述があって、それも意図はないにしろ、ちょっとひっかかったので、×にしました。
諏訪
これもラブストーリーとしてどうなのかという問題はありますね。
神田
ラブよりストーリーが際だってしまっていますものね。エピソード作りは抜群にうまいし。
──三村さんはいかがでしょう。
三村
これは私も町口さん同様、琴線に触れるものがありませんでした。もし著者が実際に飛行機のりじゃなかったらどうだろうと思って。戦争ドラマとしても、もっと厳しくてドラマティックな戦争ものがあるだろうと思うんですよ。大河ドラマでも、まるで絵に描いた大河ドラマで、ありきたりだと思ったんですけど。
諏訪
いや、でもこれだけディテール書き込めるのは、ありきたりとは言えないでしょう。
三村
比較すると、かつてスキーヤーだった人の作品である「約束」も、絵に描いたような話なんだけれど、こちらもスキーの部分は素晴らしいんですね。この2本はその意味で両方とも困ってしまったという。
横須賀
どちらも自分の得意ジャンルですからね。他のストーリーが書けるかどうかというのはあると思います。
神田
自分の持ち物の中で勝負しちゃってるなという感じですね。ただとある脚本家の方の言葉で“人は自分の話で一生に一回は傑作が書ける”というのがあって、その一作をデビュー作にしてしまうのがいいことなのか。水泳の息継ぎみたいに、吐いたと同時に空気が入ってきて、また別のものを吐き出せるんならいいでしょうけど、それができるか否かはこの後の本人たちにかかっているんです。この作者に関しては、戦争を舞台にしてワンクッション置いた分、また違う形で経験をいかした作品が書けるのではないでしょうか。文章力、取材力もあり、他の素材でも書ける力はある人だと思います。

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