第一次選考通過作品詳細

『飛ばないプロペラ』 月森 新

ある若手の高校教師が語る、病に冒された少女の愛と死の物語。主人公はあくまでも語り手の教師で、生徒とのやり取りを通じて人間的に成長するヒューマンドラマとなっている。
英語教師涌井は教師面をしない、自然体の教師だった。しかし荒廃した高校に配属になり、頭ごなしに生徒を威圧する生活指導担当教師に変貌する。その3年後、たまたま元同僚の結婚披露宴に行き、卒業生たちと再会する。かつて問題生徒と思っていた生徒たちの当時の事情を耳にし、さまざまな思い違いや行き違いを知り、真実を求めて卒業生を訪ね歩く。やがて病魔に冒された当時の問題少女、由樹の病院を訪ね、当時の事件や問題行動とは裏腹な実像を知ることになる。
荒廃しきった校舎や生徒の雰囲気と、壮大な茶園の緑の美しさが対照的な、とある高校の教師と生徒の青春の一頁。


選評:久次 律子

ほとんどの作品が「主人公の恋物語」であるのに対し、本作品は主人公である教師が生徒の恋愛模様を語ることで、恋愛の客観性や奥行きを感じさせる設定になっている。
特に魅力的なのは、教師であっても教師を自認せず、一人の人間として生徒のことを考えようとする主人公の謙虚な教師像だ。それは生活指導で生徒を威圧していても通底していて、物語全体の温かさをかもし出している。実際に著者が高校教師ということもあるせいか、教師という職業を演じたり素の自分に戻ったりする描写がとてもリアルである。
荒廃した校舎や広大な茶園農場、病院の一室など、それぞれの風景から鮮やかな映像が脳裏に浮かんでくるのは、丁寧な描写だけでなく、愛情を込めて文章を書いていると感じさせられるからかもしれない。また荒れた高校生や少女の自殺などのネガティブ要素が多いにもかかわらず物語に温かさがにじみ出ているのもしかり、さわやかな読後感だった。
特筆すべき点は、抑制された悲しみの表現が抜群にうまいことだ。ただ、教師以外の設定でもこの文章力が発揮されるかどうか、また、ラブストーリーというより教師の人間的な成長の物語という印象が少々気になった。

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