第一次選考通過作品詳細

『天空—愛の華—』 普聞 隆

物語はフラッシュバックを繰り返して展開する。

1970年代後半──幼なじみの香港人少女/ジェニィと再会するために中国返還前夜の香港を訪れた中田。二人は愛を確かめ合うが、ジェニィは歴史に翻弄され、親の借金のかたとして台湾人富豪に嫁ぐことになる。中田は真実を知らされぬまま帰国し、二人は互いへの想いを胸に秘めたまま、愛のない結婚生活に入る。ジェニィは娘のメイロンを出産した後、程なくして死亡。

1990年代前半──メイロンは台湾人富豪の愛のない家庭を去り、香港に住むジェニィの両親に引き取られる。そして交換留学生として訪日、のちにメイロンの運命を左右する同級生と淡い恋に落ちる。

現在──メイロンは日本の大学院に留学すると同時にアルバイトをはじめるが、勤め先は中田が社長を務める会社だった。中田は兵庫の列車脱線事故に巻き込まれたメイロンを見舞い、彼女がジェニィの娘と知る。中田52歳、メイロン26歳。やがて二人は恋に落ち、実の親子であるとは知らずに結ばれる。

大団円──ジェニィの母の臨死。現世に残る人々と霊界のジェニィによる物語の補填が行われる。偶然と思えたものは偶然ではなかった。

挿話──文化大革命、中国残留孤児、大戦の傷痕、体制/親と反体制/子の対立、反日感情と親日感情。


選評:横須賀 零

恋愛による恋愛の解放。普遍的な禁忌によって物語に弾みを与え、適量かつ適切にちりばめた至言と心惹かれる挿話に牽引させて最後まで一気に読ませる。恋愛小説としてのプロポーションを保ちつつ、ジャンルの枠組を突破したのは非凡。登場する男女をそれぞれの国家や民族の表象として読み解くことも可能としながら、ジェンダーセントリック/エスノセントリックな狭量に陥っていない点も評価したい。底が深いにもかかわらず、それが厭味になっていないのは、こうした視野の広さがあってこそ。また、愛は輪廻転生して憎悪を解くという思想に違和感を覚える向きもあるだろうけれども、俗世の美を否定せず、エンターテインメントに徹し、何より恋愛に偏見を持たない作者のスタンスに好感を覚えた。相思相愛のインセストを素材とした作品は珍しくないものの、それをここまでポジティブかつ優美に造形した小説を僕は他に知らない。文化的にも貴重な挑戦ではないかという至極個人的な見解もあって、二次選考へと送る。

一覧に戻る