第一次選考通過作品詳細

『雨の日、夕飯前』 中居 真麻

主人公・春子は29歳。夫から与えられたマンションで1人暮らし。バレエ教室で教えている。身の回りで起こることはすべて幸福でも不幸でもなく静かで孤独で気ままな生活である。夫は詩人で春子のことだけを愛してくれているが、春子は夫を全く愛していない。夫のことは「先生」と呼ぶ。春子には恋人・直彦がいて、夫はそのことを知っているが、直彦は春子が結婚していることを知らない。直彦は真面目な男で春子の部屋を訪れるたびセックスするが、妻と息子がいる。春子は弟・朝夫を溺愛しており、また、母とはもう6年間口をきいていない。ところが、直彦の妻の浮気がきっかけで直彦は去っていき、夫からも離婚を言い出され、弟にも恋人(男)ができて、春子は一気にすべてを失ってしまう。


選評:岡部 優子

物事のとらえどころに書き手の独特の感性を感じさせる。ディテールにも雰囲気のある文章である。 主人公の春子という女性は、23歳の時、「先生」と初めて会ったその日に結婚してしまう。春子よりだいぶ年上らしいその「先生」のことを春子は愛してなかったけど、「先生」は春子に「生活」をくれた。先生と出会ったのは、いつも好きになる人には恋人がいて誰も春子をちゃんと愛してくれなくて、生きることにも働くことにもくたくただった時だった。先生との結婚は「何かを見つけようとする前に見つけなくてすむ方法」だったのだ。たとえばそんな、とんでもなく非現実的でもなく、かといって平凡とも言えない設定も、読んでいてわからなくない、と思えてしまう。 そして、問題点や危うさをはらんだ主人公の生活なのに、それがわかっていても、彼女のシンプルで淡々とした気ままな生活を「いいかもしれない」とも思ってしまう。 しかし、主人公の生活は最後に一気に崩壊する。淡々とあるいは飄々とした会話のやりとりに面白みがあって、そしてそれが主人公とその周りの人間関係を成り立たせているのだが、その裏にそれぞれが何かしら思いを抱えていたのである。 欲を言えば、その崩壊の過程と、それから母親との現在の関係にもう一つ何かほしい気がした。

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