受賞作品詳細
第1回 日本ラブストーリー大賞 審査員絶賛賞受賞作
『SWITCH』/著者:さとう さくら
主人公苫子はフリーターで、処女。他人と上手くコミュニケーションをとることができず、簡単なバイトさえもクビになる始末。嫌なことがあるたびに、自分の首の後ろを押す。彼女のイメージの中では、そこに人間を消すことができるスイッチがあって、そこを押せば自分は消えていなくなることができるのだ。 そんな彼女がバイトを変えたことで、いろいろな人に出会う。みなどこかズレていて、アンバランスな人ばかり。最初は何となく距離を置いていた苫子と彼らだが、徐々に近づき、お互いに影響しあう。といっても、劇的な何かが起こるわけではなく、あくまでも消極的に、静かに、ジンワリと変化はやってくる。物語の最後、苫子は処女ではなくなり、サル男という好きな男もできた。周りの人とも自分から連絡を取り、すべてが上手くいかなくても、繋がりを自分から保とうとする。変化はそれだけ。だが、苫子にとっての世界は大きく変わりはじめていた。
柴門 ふみさん講評
衝撃を受けました。主人公苫子は、二十五年前の私ではないかと思ったくらいです。そのくらいインパクトがありました。モテること、彼氏がいること、ブランドを持って可愛いと言われること―そうじゃなければ女じゃないと言われる風潮を誰も疑ってない。どうして?何でみんなたやすくそんな価値基準を信じているの?十代に乱れた性を経験した女が偉くて二十七才処女は恥ずかしいと、何を根拠に言ってるわけ?この『スイッチ』は、平成ニッポンの『ライ麦畑でつかまえて』であります。主人公苫子は女ホールデン・コールフィールドです。ここまで自虐ネタで笑いをとれる女性主人公がいたでしょうか。私はこの苫子というキャラを産み出した作者に嫉妬しました。苫子を取り巻く脇役一人一人もきっちり描けています。人間描写はもうすでに〈作家〉の眼です。文章にはまだ少し問題もありますが、この確かな洞察力・人間観察力は、必ず花開きます。
櫻井 亜美さん講評
文句なしに面白く、ひきずりこまれた。読み始めたらとまらず、徹夜で一気に読んでしまったほどエネルギーがある。なによりもすべての登場人物が生き生きとしていて、生身の体温をリアルに感じさせる描写はすごい。主人公の他人とうまく溶け合えない自意識、それによって仕事も人付き合いもどんどんなし崩しになっていく生活ぶりは、多くの20代に「これって私(俺)じゃん」と強く共感させる説得力を持つ。ある意味、平成ニート世代版の「人間失格」なのかも。
サル男との一見、クールに見える恋愛も、内面の切実さや「どうしても、彼でなきゃだめ」という実感がこもっていて、一番納得できるものだった。
さらにこの作品を豊かにしているのは、脇役にも全員、豊かな血肉がかよっていて愛情をもって描かれているところ。中でも瑠夏や中島さんのキャラクター描写、主人公と結衣との関係の描写などは感動するほど秀逸。ただ、人との出会い方に偶然が多く都合がよすぎることが唯一の欠点なので、そこに工夫が必要だと思う。
『SWITCH』/著者:さとうさくら
定価:本体1400円+税
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